IV. 見せかけ

開け放たれたドアから差し込む陽の光が、ホールのラグに斜めの輪郭を描いていた。ドーンが階段を下りてくると、カーステアズが足をひきずりのそのそついてきた。ドーンが家の裏手に向けて歩き始めたとき、ポーチから怒声が聞こえてきた。彼は踵をかえして外に出た。

斜めに伸びたフェンダーに右ハンドルのコンバーティブルがとまっていた。その前に一人の男が立っていた。横柄そうに頭を上げ、両手をスエードのスポーツ・ジャケットのポケットに深く突っ込んでいた。ブーツと乗馬ズボンを履き、鷲鼻の裏から出すような声をして言った。

「こんなのは絶対に」と、彼は言っていた。「我慢できません。」

ジェシカはポーチの端に立ち、オーエンスはその横の柱にもたれて暗い顔をしていた。モリス大佐は、ポーチの階段の上で、かかとからつま先、かかとからつま先と、前後に足を運びながら、非常に不機嫌そうにしていた。

「我慢できない」と、鷲鼻男は繰り返した。「大佐、あなたのような感性の持ち主なら、分かって当然と思うのですが。まず私に相談すべきでした。」

「そんな必要はないと思いました」と、ジェシカが言った。

男は驚いた顔をした。「私のような経験豊富な人間なら、この種の問題について賢明なアドバイスをすることができるのです。この、・・・犬・・・を連れている人は誰ですか。」

「ドーン」と、ドーンは言った。「あんたはグレトレックスだね。こちらはカーステアズ。キツネと間違えないで。でないと、まともじゃない反応がかえってくるかも。」

「もちろん、キツネではありませんな」と、 グレトレックスは言った。「彼はグレートデンだ。」

カーステアズは座って、ぼんやりと体をかいていた。

「彼はあなたに感謝しています」と、ドーンは言った。「何か文句があるの?」

Gretorexは言った。「文句? ああ。私は、このタイミングで、この近くにこの人物・・・オーエンス・・・がいることに異議を唱えていたのです。申し上げたように、この状況は耐え難いものです。人々が受け入れるはずがない。深刻なトラブルになりますよ。私はあなた方に警告します」。

「警告は確かに受け取った」と、ドーンは言った。「では、キツネでも追っかけに行ったらどうかな?」

「何?」 グレトレックスは言った。「今はキツネ狩りの季節ではない。ご存知のとおり。」

「じゃあ、自分でも追い回したらとうだ」と、ドーンは助言した。

「おい!」モリス大佐が割って入った。「ドーン! グレトレックス氏は、私の尊敬する隣人であり、彼の意見を私は尊重することにしている。こんな反応があるとは......。私は、どちらかと言えば....」

「僕はすぐに出て行きます。」 オーエンスが言った

ジェシカは、「私が荷物をまとめるまで待って」と、言った。

「え?」と、モリス大佐。

「何だって?」と、グレトレックスが言った。

「彼が行くなら、私も」と、ジェシカが言った。

「えっ、まさか!」 グレトレックスは驚愕して言った。「そんなことはさせないよ。いや、つまり...」

「言って」 と、ジェシカ。「なんですって?」

グレトレックスは言葉を飲み込んだ。「その、・・・オーエンスは犯罪者で、有罪判決を受けている。あなたが彼と一緒に行くなんて許されませんよ。」

「私に何ができるか、見ていて」ジェシカは挑発した。

「でも、良く考えて。」

「考えるのは、もうおしまい。もう、決めないといけないの。」

「な、なにをするつもりなの?」 グレトレックスはおそるおそる尋ねた。

「ブラッドと結婚します。」

グレトレックスは心底ショックを受けて、一歩後退した。「ああ、いや、信じられない。モリス大佐、あなたは、殺人者がお嬢さんを犯罪者の生活に引きこむのを、許すというのですか?」

モリス大佐はため息をついた。「世間には親への尊敬なんてもうないんだ。娘は頑固で反抗的だ」。

「しかも」と、ドーン。「彼女はもう大人だ」と、付け加えた。

モリス大佐は憂鬱そうにうなずいた。

「さてさて」と、グレトレックスは言った。「僕のジェシカ。このような軽率な行動がもたらす恐ろしい結果を考えてください。それに、新聞記事のことでちょっとした喧嘩をしたからといって、あまり気に病む必要はない。あなたは皮肉で無礼で......とてもじゃないけど、僕はあなたを許します。僕はあなたと結婚します!」。

「ありがとう」と、ジェシカは言った。「別の機会にね。」

家の裏から叫び声が響いてきた。静まり返った空気を震わせ、続いて、硬い土の上を走る足音が慌ただしく響いてきた。

ドーンは、「ほら、来た」と、言った。

オーバーオールの男が必死になって家の角を回った。「モリス大佐!あの下の牧草地に・・・」

「ここだ、ここだ」と、モリス大佐は叱った。「お前、落ち着くんだ!」

「男です」 男は息を呑んで言った。 「牧草地に倒れてます。背中を刺されて死んでる。あれはジョディ・ターンブルだ!」

「お慈悲を」と、ドーンの一言。「殺人事件だって。こんな朝早く。」

モリス大佐はやっと声を絞り出した。「殺人! ジョディ・ターンブル!」

グレトレックスは傲慢な自信を取り戻した。「大佐、この殺人者と、こいつのジェシカへの関心をは忘れたほうがいいですな。」

モリス大佐の顔は鉛色だった。「見せろ!」と、われた声を上げ、階段を駆け下りた。

彼は家の角を曲がって消え、その後を農夫がバタバタとついていった。

「あの林のあたりで何が起きているか、警察に通報したほうが良さそうだ」と、ドーンが提案した。

グレトレックスは薄ら笑いを浮かべた。「それは私自身でやります。喜んで!」。彼は車のハンドルを握り、ハイウェイへと車を飛ばした。

「悪い噂ってのは足が早い」と、ドーンは言った。

セシルがポーチに出てきて、ドーンを指さした。「いいか、お前。朝飯を食わせて欲しけりゃ、みんなが起きる時間に起きろ。喉を切られるのが怖くて、みんな逃げちまったから、俺が全部仕切ってるんだ。ベッドメイキングは自分でやれよ。」

「オーケー」と、ドーンは言い、彼に続いて家に入った。「ジョディ・ターンブルが殺されたってた聞いたか?」

「おれには、一番どうでもいい奴だ」 セシルは彼に伝えた。「ブサイクな犬ころは、朝は何を食べる?」

「オートミールでいい。たくさんのクリームと砂糖を入れて、ダマにならないようにな。おれはハム・エッグ。ジョディ・ターンブルと奴の親父さんは腕のいいハンターだったんだろうな。」

セシルは足を止めて振り向いた。「ウサギなんかを狩ってたな。」

「蒸留器をハントしたことは?」

セシルの痩せこけた肩が威嚇するように上がった。「だとしたら、何も見つけられなかっただろうし、もし見つけたら、背中を刺されたりはしなかったろうな。眉間を撃ち抜かれただろ。覚えておくんだな。さ、座って朝めしを食って、へらず口を終わりにするんだ。」

しばらく後、ドーンは鈍い眼差しを天井に向けていた。目の前のダイニングテーブルの上には、並のレストランならハム・エッグ6個分に相当する残骸があった。カーステアズはテーブルの下に横たわり、満ち足りて、ゴロゴロとうなり声を上げていた。

モリス大佐がもう一人の男を従えて入ってきた。男は、長い腕をだらしなくぶら下げながら、耳ざわりな音を立てて歩いた。ズボンは膝のあたりがダブダブで、上着の前はしわくちゃで、全体、頭のてっぺんを軽く叩かれたら、その場にへたって小さな塊になってしまいそうだった。

モリス大佐は気遣わしく、「ダーウィン保安官、ドーン」と、言った。

ドーンはゲップをし、「失礼」と、言った。「ごきげんよう、保安官」

ダーウィンは前かがみに、彼と目を合わせた。「あんたのことはよく知っている。いろいろ聞いている。おれをごまかそうなんて思うなよ。」

「朝めしを食ったばかりだもの」と、ドーンは言った。「まして、この朝食の後ではね。セシルは確かにすごい奴だ」。

モリス大佐は色をなした。「ドーン!殺人があったんだぞ、わかっているのか?」

「そうですな」と、ドーンは満足げにため息をついて、言った。

「じゃ、ヒキガエルの剥製みたいに座ってるな。重大事だ。何とかしろ!」

「こいつには何もさせない」と、ダーウィンは言った。「刑務所の外にいたいんなら、何もしないことだ。この事件は解決ずみだ、だから、こんなやつらの猿芝居につき合うつもりはないね。」

モリス大佐の顔が紫色になった。「ドーン!この愚か者は、オーエンスがジョディ・ターンブルを殺したと主張している!オーエンスを逮捕するつもりだ!」

「逮捕させたらいい」と、ドーンは気楽に助言した。「オーエンスは前にも逮捕されたんだ。もう一度逮捕されたって、どうってこたぁない。またすぐに釈放されますよ。」

「できるつもりかい?」 ダーウィンは尋ねた。「その、ちょっとしたことを、どうやってかなえるつもりなのかな?」

「彼を犯罪に結びつける証拠はこれっぽっちもない」と、ドーンは言った。「半時後には人身保護令状をあんたのところに行くよ。」

「へ!」 ダーウィンは言った。「やつがやってないなら、誰がやったんだ?」

「それは、あんたへの質問だ。あんたが答えを見つけるんだろ。殺しは何時ごろ起きたんだ?」

「エバンス医師によると、ジョディは死後十時間だ。」

ドーンはうなずいた。「午前零時頃だな。オーエンスには鉄壁のアリバイがある。」

「何が?」ダーウィンは聞いた。

「『何か』じゃなくて、『誰か』だ?おれだよ。おれは彼とずっと一緒にいた。やつの部屋でいろいろと話していたんだ」。

「へぇ!」 ダーウィンは嘲った。「誰がそんなことを信じるものか?まあ、言うのはタダだ。」

「ジェシカも一緒にいた」と、ドーンが言った。

モリス大佐が嗄れ声を出した。「ジェシカが!」

「興奮するなよ」と、ドーンは忠告した。

「いつ?」 ダーウィンは疑ってかかった。

「昨夜十時から今朝四時までってとこだな。」

「ジェシカ!」 モリス大佐が猛り吠えた。

ジェシカがダイニングルームに入ってきた。"はい?"

モリス大佐は荒々しく身振りをした。「ドーンが、お前は昨夜オーエンスと一緒にいたなんて、不埒なことを言っているんだ!」

「そのとおりよ」と、ジェシカは言った。

「とても品行方正でしたよ」と、ドーンは言った。「カードゲームをしたんだ。ファイブ・カード・スタッドをね。面白いゲームだったよ。ところで、おれはジェシカに千ドル貸しがある。ジェシカはあなたが払ってくれると言ってたが。」

「千ドル・・・」 モリス大佐は呆然と繰り返した。

「正確には千と三ドル九十一セントだ "と。ドーンは言った。「でも、小銭はまけとこう。」

ダーウィンは、「みんな、黙れ」と、命じた。彼はジェシカを見た。「こいつが言うように、オーエンスと一緒だったのか?」

「はい。」

「そうか。」ダーウィンは不機嫌に言った。「今のところはいいだろう。しかし、私には考えがある。ジョディの刺し傷は、彼の父親の傷に似ているが、今回はまだナイフが見つかっていないんだ。誰かが牛を外に出して地面を踏み荒らした。誰の仕業か、賭けてもいい。」

「おれは、賭けごとはしない」と、ドーンは言った。そして、慌てて、「ポーカーゲ以外はね」と、付け加えた。

「年貢のおさめどきだ」と、ダーウィンは約束した。「お前さんは自分がかなり賢いと思っているようだが、何もわかっちゃいない。大佐、オーエンスのことでは、あなたに責任がある。今は彼をここに置いていくが、必ず戻ってくるし、その時は、彼がここにいるように。」彼はドーンを指差した。「そして、あんたも、だ」。

黄昏時の書斎に濃く暗い影がさした。ドーンがまどろんでいると、誰かが彼の足をひねって起こした。

「うん? 」と、彼は言い、ソファに寝返って眠そうにまばたきした。

「大先生、お仕事の時間だ」と、セシルが嘲笑した。「いいか、ウスノロ、お前に話をしたい人がいるんだ。耳をこじ開けて聞けよ。」

ノーマ・カーソンの鉄縁の眼鏡が、夕暮れのに光り輝く円を描いていた。顔は青白く、乱れた髪が額に垂れていた。

「ドーンさん!」と、彼女は言った。「何とかして。彼らが来ます!彼らが!私のせいもあって!」

ドーンは立ち上がった。「誰が来る?何があんたのせいだって?」

「街から、浮浪者や、ならず者たちが。グレトレックスというケダモノのせい。あの男が、連中に吹き込んで、焚き付けて、酒を飲ませて、ダーウィン保安官がブラッド・オーエンスをジョディ殺しの容疑で逮捕しなかったら、彼らが自分の手で法を実現すべきだと言ったんです!」。

「そうかい」と、ドアンは言った

「ここに来るのよ!」 ノーマは喘いだ。「ブラッドがリンチされる!」

「それがどうして君のせいなの?」 と、ドーンが言った。

「ジョディは町中に、ブラッドがあなたにやらせて、犬を彼にけしかけたと言ってた。あの工場跡でね。犬に襲われて、危うく死ぬところだったって。連中は、あなたを、ひん剥いてやるって!」

「心配ない」と、ドーンは彼女をなだめた。「おれが何とかするから、君はさっさと町に帰れ。教育委員会に、君が『救国の志士』だってことが知られたら大変だ。まあ、セシルに限っては何も言わないだろうけどね」。

ノーマはしぶしぶ帰った。セシルはドアから出て、思い切り閉めた。カーステアズは床に横たわり、頭を部屋の隅に差し込んでいた。この騒ぎのあいだ中、眠っていた。

ドーンは立ち上がって彼の背中を蹴った。「起きろ。能なし。」と、命じた。

カーステアズは立ち上がってあくびをし、皮肉な期待感をこめてドーンを見つめた。

ドーンは、黙ってついてくるカーステアズと、ホールを抜けて玄関に出た。ノーマ・カーソンのおんぼろクーペがハイウェイに出て町に戻るのが見えた。ドーンは、玄関の階段に腰を下ろした。ポケットから銃を取り出し、シリンダーを振り出して弾が入っていることを確かめると、上着をめくって、バンドに銃を差し込んだ。

彼はそこに座って、夢見るように考え込んでいた。そのうちに、影が濃く深くなり、芝の斜面を柔らかく伸びていった。昏れいく紫色の空に、宵の星が点々と明るく輝いていた。やがて、ずっと低いところに、明るい光の対がいくつも現れ、揺れ動きながら近づいて来た。

ドーンは親指でカーステアの肋をつき、指さした。「大勢、やって来るぞ」と、彼は言った。

カーステアーズは唸り、爪でポーチの床をきしらせた。車のヘッドライトが町道を這うように近づいてくるあいだ、ドーンはじっと座っていた。

突然、玄関のドアが鼓膜を破るほどの音を立て、モリス大佐がポーチに出てきた。「クズめ!」と、彼は叫んだ。「とんでもない無分別な豚どもめ!見えるか?」

「ああ」と、ドーンが言った。

大佐はドーンの横を抜けて、階段をどたどた下り、車道に立った。

ドーンはカーステアズに顎で合図し、立ち上がって家の脇を静かに回り、生垣沿いに裏の斜面に降りていった。畜舎の窓から穏やかな光がもれ、クリーム・セパレーターの高い音がわずかに聞こえていた。その音を頼りに、ドーンは建物の正面に回り込み、広い扉から中に入った。

ジェシカはクリームセパレーターの手入れをしていたが、スイッチを切り、ドーンをじっと見つめた。

「お客さんが来るよ」と、ドーンは言った。「歓迎できない客たちだ。」

奥からオーエンスがピカピカのブリキのペール缶を二つ持って入ってきた。彼がそれを置くと、ミルクがセメントの床に少しだけこぼれ、かたく泡立った。

彼はドーンに言った。「まさか、ついに、おれたちに手を貸すことにしたのか?」

「言いようだがね」と、ドーンは言った。「あんたを、クリスマス・ストッキングみたいに木に吊るしたいって、荒くれ連中が押しよせている。あんたと、おれと。カーステアズは、いまから森の中をハイキングして、地元の鳥の生態なんかを研究するのさ。」

「逃げるのか?」 オーエンスは信じられない様子で尋ねた。

ドーンはうなずいた。「まさに。」

「君は」と、 ジェシカに言った。「戻って、ガキどもにちょっとした気晴らしを見せてやれ。泣き叫び、手をしぼって、オーエンスにまんまと捨てられたってな。」

ジェシカは下唇を噛んでしばらくオーエンスを見つめていたが、無言で振り返ると、建物を出て、家へと駆け上がっていった。

「やつらは、きっと、おれたちを追跡する」と、オーエンスは言った。「もし、やつらが犬をつれていたら・・・」

ドーンはほくそ笑んでカーステアズを指した。「こいつは軽いスナックに、バターの乗ったブラッドハウンドが何よりも好きなんだ。さあ、行こうか。」