Office

K町の一角、古い四階建ての建物である。建物の一階と二階は、一階入り口ホールからカードキーでしか入れないようになっている。そこで出入りする者はめったに見ないので、中がどうなっているのかはさっぱり分からない。

四階は、ホステルになっていて、上り付きの小部屋に管理人室がある。区別がつかないほど互いによく似た若い男たちが交代で昼過ぎから夜八時まで詰めている。その戸口に僅かな観光パンフレットを積んだ小机と大きなかごとが置いてある。客はチェックインのときにシーツと枕カバーを受取り、帰るときにそれらをかごの中に放り込んで出ていく仕組みである。廊下の端に共同の便所と、百円玉一個で十五分間使えるシャワー室がある。女子便所は三階にしかないので、たまに三階でホステルの客らしい女性を見かけることがある。食事は出ない。

三階の構成は、シャワー、トイレ共有の安い賃貸アパートである。今はほぼそのまま各室を貸しオフィスとして提供している。といっても、ほとんどが空室である。

その一室二間を借りた。ドアをあけてすぐ、四畳ほどの広さのキッチネット、その奥にクローゼットを備えた六畳の部屋となっている。六畳はもとは畳の部屋だったのだろうが、フローリングに変えてあった。キッチネットに週一に掃除と資料整理に通って来る自称秘書のためのスチール机を置き、奥の一室に窓を背にして自分用の作業机を置いた。作業机と戸口の間に客用にレザーの肘掛け椅子とサイドテーブルを置いた。

作業机の下のキャビネットの引き出しの一つに、ベルギー・ビールからはがしたラベルを貼り付けた。男の膝の上に豊満な娘が裸でジョッキを持っている。これは、これまで行く先々でやってきた験担ぎのおまじないである。セクハラと言われないように、自称秘書の目につきにくいところに貼っているのである。

半間幅の窓を開けると、窓の両脇に物干し用のフックが残っている。向かいはこれと同じ背格好のやはり古いコンクリートの建物である。港は右手の交差点からさらにいくつか道路を越したところにある。以前はその途中に歓楽街もあった。かってはこの界隈も人が多かったはずだが、今は通行人の姿もめったに見ない。歩道は清潔である。天気の良い夕は、いつも同じ一人の老人が、向かいの建物の入口近く、歩道にべったりとすわったまま、いつまでも死んだように動かずにいる。老人は日本人ではないのかもしれない。しかし、まったく人畜無害である。

日が落ちると人通りはほぼ絶え、人声もたまにしか聞こえない。窓から見て左手の交差点に、一軒だけラーメン屋がある。そこが閉じると街灯の明かりくらいなものである。一国の衰退はドヤから始まるのかとも思う。