III. 夜の殺人

ドーンはベッドに仰向けに、安らかないびきをかきながら、天井に向けてアルコールを吹きあげていた。頬に、冷たく、気味悪くしめった物体が押しつけられた。ドーンは目を覚ましたが、毎度のことで驚きもしなかった。カーステアズの鼻は、適切に使われれば、効果的な目覚まし時計だ。

「わかったよ、どうしたんだ?」

真っ暗だった。ベッドスタンドの読書灯を探し出し、パチンと点灯させた。カーステアズが枕元の床に座り、ドーンの様子をじっと見ていた。ドーンの注意を引けたのを確認すると、寝室のドアのところまで行き、ドアを見つめて立った。

「いいか、とんちき野郎」と、ドーンは言った。「俺を夜中に起こして、お前のツアーに随行させようってんなら、考え直した方がいいぞ 。」

カーステアズは耳をぴったり頭に密着させ、肩越しに見返した。そして、かすかに、うなった。

「それで?何か気になることでもあるのか?」

カーステアズは頭を戻してドアを見つめた。

「すぐに行く」と、ドーンは言った。

ドーンはベッドからおりた。パジャマの上だけを着ていた。ズボンをはいて、パジャマにスーツの上を羽織って、スリッパがわりにしていた古いモカシンに素足を入れた。ベッドのカバーをめくり、38口径コルト・ポリス・ポジティブを取って、上着のポケットに突っ込んだ。

「行こう」と、言った。

彼は寝室のドアを開け、カーステアズの尻を膝で打った。ホールに出た。そこは寝室よりもさらに暗かった。ドーンが壁ぞいに手探りで進もうとすると、カーステアズが彼にからだを押し付けた。ドーンはカーステアズのスパイクド・カラーに手をかけた。カーステアズは盲導犬のように彼を導いて、廊下を家の正面に向かって進んだ。

階段のところで、カーステアズは立ち止まり、ドーンは片足で慎重に最上段のステップを探した。そして、一階のホールの滑らかに淀んだ闇の中に降りていった。カーステアズはまっすぐ玄関に向かい、その前で立ち止まった。

ドーンはラッチを外してドアを開けた。外では、谷を囲む丘の頂きに、低い月がまるまると赤くふくれあがっていた。その薄い光の中では、ありふれた物がみな陰鬱で奇妙に歪んだ形をしていた。空気は乾き、冷たく、ドーンの喉を鋭く刺した。

「月明かりの下で散歩するための、ただのギャグだったら、お前の脳みそを叩きつぶすぞ」と、ドーンは脅した。

カーステアズは彼を無視した。頭を左右に動かしながら、かすかな風の動きを試していた。ベランダの階段を降りると、鼻先を高く上げて円を描くように歩いた。急に立ち止まり、ドーンを振り返った。

「リードしろ」と、ドーンは言った。「おれも行く。」

一列になって、家の前から、西棟を通り過ぎた。カーステアズは再び立ち止まり、意を決したように、裏の斜面をいっきに降りていった。木々が月明かりに照らされて高く茂っていた。行く手に、がっしりした納屋や作業小屋が白くつらなっていた。板の上を歩く生き物の音や、トウモロコシをかじる湿った低い音が、ドーンの耳にかすかに聞こえた。

ドーンは怒って言った。「なんでもないじゃないか。もう、この辺でいいだろう。」

牛舎の向こうの牧草地を小川が蛇行して流れている。濃く刈りこまれた茂みの陰に、流れがループを作って戻っているあたりに、カーステアズは立っていた。彼の耳は前に突き出され、彼の影は地面に薄く、鋭く、黒くのびていた。

ドーンは静かに近づいてきて、コートのポケットのリボルバーを握った。

「なんだ?」と、彼は囁いた。

カーステアズは喉の奥で深く、そして小さくうなった。

その時、ドーンもそれを見た。茂みの下に押し込まれたかたまりが、動かず、ぐったりとして、顔のようにしか見えない青白い部分に、薄暗い光が少しだけ当たっていた。

ドーンは銃を取り出した。「おい、見えてるぞ」と、 彼は言った。「返事をしろ。」

返事もなく、そのごつごつした塊は動かなかった。ドーンが撃鉄をあげる。すると、カーステアズは頭を下げて慎重に接近した。突然、大きく鼻を鳴らした。

「ちくしょー」と、ドーンは言った。

近寄って、カーステアーズを膝で押しのけた。かがみこみ、リボルバーの筒先でかたまりを突いた。ずっしりとした重みがあった。ドーンがさらに強く突くと、頭が後ろに倒れ、青白い顔が月の光に照らされた。

「ジョディ・ターンブル 」と、ドーンは優しく言った。「奇遇だな。」

ジョディ・ターンブルの目が、鈍く、無表情に彼を見上げていた。月光に、黒く光る血のしたたりが、彼の顎に広がっていた。ドーンが彼を少し持ち上げると、ちょうど心臓のあるあたりの背中に、ナイフの柄が不気味にしっかりと突き出ていた。

「見事だ」と、ドーンは言った。

彼は柄を握り、小さくうなりながら、やっとナイフを引き抜いた。ジョディ・ターンブルの体を離すと、死体はだらしなく茂みの下に転がっていった。ドーンは立ち上がって、ナイフを調べた。それは、優美でも、危険そうでもなく、殺人用とも見えない。ただの作業用ナイフで、釘を抜いたり、木を切ったり、ほとんど何にでも使えそうなしろものだった。

ドーンは、無音の口笛を吹きながら、ナイフを見つめていたが、やがてカーステアズの方を向いた。カーステアズは首をめぐらせて、牧草地の向こう側、小川が野原の方に流れているあたり、柳の濃い塊を注視していた。カーステアズは緊張した足取りで、そちらに向けて歩き出した。ドーンも、左手にナイフ、右手にリボルバーを持ったまま、その後について行った。

ゆっくりと柳に近づき、わずかに迂回すると、「おれを探しているなら、ここにいるよ」と、うんざりしたような声がした。

「さてさて 」と、ドーンは言った。「こんばんは、とね。お邪魔でなければいいのですが。」

「邪魔だよ」 と、同じ声が言った。「でも、しょうがないか。あんたの左手に道があるiだろ。」

カーステアズがその道を見つけた。ドーンはトンネルの闇のなかをついて行った。枝がしたたか彼の顔を打ち、乾いた葉がひそひそと音を立てた。わずかに開けた場所があって、ほの暗い小さな流れに光がゆらめいていた。オーエンスの大きな影が、水辺の丸太の上に座っていた。

「あんたが草地を横切ってくるのが見えたよ」と、彼は言った。「あそこで何を見つけたんだ?」

「当ててみろ。三回チャンスをやろう」と、ドーンは答えた。「いや、ゲームはやめておこう。おれはジョーディ・ターンブルを見つけたが、やつは塩漬けの魚よりもしっかり死んでいた。あんたは、で、いったいどうするつもりだ。」

オーエンスはビクッとした。「ジョーディ・・・」

「ターンブル」ドーンが引き取った。「覚えているか?あそこで背中にナイフを突き立てられて倒れていた奴だ」。

「ナイフ」オーエンスはショックを受け、絞りだすように囁いた。

「これだ 」と、ドーンはうなずき、ナイフを差し出した。

オーエンスは後ずさった。「おれのだ。それは・・・おれが・・・あいつの父親に・・・。」

ドーンは、暗がりの中で彼の顔を読もうとして、見つめた。「つまり、これは、あんたが奴の親父を刺したのと同じものなのか?」

「そうだ。こいつは『ファーマーズ・フレンド』っていうんだ。おれがいつも持ち歩いていた・・・」

ドーンは「おおいに食欲をそそる話だ」と、言った。ドーンは川岸にひざまずき、ナイフを冷たい水に浸しながら、刃と柄を指で力強くこすった。「どうやって取り戻したんだ?」

「俺?なんでだ。最後にさわったのは、あの日、ジョディの親父と俺が・・・」

「はぁ?」と、ドーンは言った。彼はズボンのポケットにハンカチを見つけ、ナイフを丁寧に乾かした。そして、刃を閉じて、ポケットにしまった。

オーエンスは信じられない様子で言った。「それ、どうするんだ?」

「気にするな」と、ドーンは言った。「現時点では、君はあれを見てもいない。おれも、な。」

「隠すつもりなのか?」

「いいかい」 と、ドーンは言った。「おれを覚えているか?おれは君をトラブルから守るために雇われた男だ。君が一貫性をもって人を殺したいのなら、もう少し慎重にやってほしいな。」

「このままじゃすまないだろ・・・」

「いいや。まかしとけ」 と、ドーンは言った。「しかし、今後、あんたが夜に人を殺して回るなら、モリス大佐に残業分として五割増し請求しないとな。」

オーエンスは急に立ち上がった。「おれがジョディ・ターンブルを殺したとでも言うのか?」

「どう考えればいいんだ?」ドーンは尋ねた。

「なぜ、どんな理由で・・・」

「聞きたいね」 ドーンは誘った。

オーエンスは脅すように身を乗り出した。「おれはこれには何の関係もない。馬鹿か!あいつがこの近くにいることも知らなかったんだ!生きていようと、死んでいようと、な。」。

ドーンは計るように、彼を見つめた。

「おれを信じられないのか?」オーエンスが迫った。

ドーンはため息をついた。「信じがたいが、まあ、信じましょ。あんたがそこまで狂っているとは思えないからな。オー、素晴らしい自体だ。おれは辞めよかな。」

「辞める?」 オーエンスは呆然と繰り返した。

「警察や他のやつらに、君が汚い仕事をしたと証明されないようにするだけなら、そんなに難しかない。」と、ドーンは説明した。でも今度は、誰が本当の悪党なのかを調べ上げなけりゃならない。さもないと、君は必ず縛り首だ。」

「縛り首?」オーエンスは力なく言った。

「誰かが君の首が引っ張られるところを見たがっている」と、ドーンはぼんやりと言った。「そいつは、おれが思うに、一度で成功しなければ、何度でも試してみるべきだと信じているお方の一人だ。現状、はなはだ不利だな。ジョーディ・ターンブルを殺していないなら、君は夜のこの時間に何をしていたのかな?」

「眠れなかったんだ」 オーエンスは言った 「ニ年間の独房のあとでさ・・・ ここまで歩いてきて、しばらく座っていようと思った。ここは静かだし、おれたち、つまり、おれは良くここに来たのでね」。

「どっちの方角から来た?」

「北門からだ。あんたが入ってきたところからだと、牧草地の反対側になる。」

「ふむ」と、ドーンは言った。「どうやったら、牛や馬やガラクタをあの納屋から出せる?」

「なぜ、そんなことをしたいんだ?」 オーエンスは聞いた。

「牧草地を開墾するのさ。動物たちをしばらくの間、往復させて、問題を混乱させるんだ。」

「しかし、それじゃ証拠隠滅になっちまう!」

「心配するな」と、ドーンは陰鬱に言った。「このちょっとした悪ふざけを考えた奴は、もっと何かしらそのへんに撒き散らしてると思うんだよ。」

カーステアズが警告するように唸った。ドーンはリボルバーを手に素早く振り向いた。近くの影のなかで枯れ葉が音をたて、そして、声がささやいた。

「ブラッド! ここにいるの?」

オーエンスは硬直した。「ジェシカだ!」と、彼は息をついた。

「へいへい、みんなお集まりだ」と、ドーンは苦々しげに言った。「彼女が何か食べ物を持ってきてくれたらいいんだが。ピクニックのお弁当を食べよう。ジェシカ、一緒にやろうぜ。」

ジェシカはまだ白いドレスを着ており、手探りで近づいてくるのがはっきり見えた。「ブラッド」と、彼女はおぼつかなげに言った。「私、眠れなくて、あなたがここに降りてくるのを見たの、それで・・・」

オーエンスはドーンに言った。「もうお分かりだと思うが、おれたちは、よくここで会って、座って月を見たりしたものなんだ。」

ドーンは、「暇つぶしとしては無害だ」と、言った。

「あなたも好きだったでしょう」と、ジェシカが言った。

オーエンスは素っ気なくうなずいた。「昔はバカだったしね。」

「昔はって?」と、ドーンが聞いた。「あんたは、いま、かなり上手に、昔の自分を真似ているようだが。」

「うるさい奴だな。」

「わかった、わかった」と、ドーンは同意した。「でも、あの子と話して損はないぞ。」

「話したくないね。」

「なぜなの、ブラッド?」 と、ジェシカが聞いた。

「未来のグレトレックス夫人と礼儀正しく会話をすることに興味がないんだ。」

「私は未来のGretorex夫人じゃないわ」 ジェシカはきっぱりと言った。

「新聞にはそう書かれていた。」

「新聞が間違っているの。Gretorexはしょっちゅうここに来ていて、どこかのおせっかいが記者に電話して、Gretorexと私が結婚すると言ったの。記者がグレトレックスに電話して本当か聞くと、グレトレックスがそのつもりだと言ったので、印刷になってしまった。私はその記事を見るまで何も知らなかったの。新聞社に撤回の記事を書かせることもできたのだけど、それで何がどうなるの?」。

「ふん」と、オーエンスは疑っていた。

「ブラッド 」と、ジェシカは言った。「結婚してくれと言ったのを覚えていないの?私は承諾した。今もそのつもりよ。」

"え?"と、 オーエンスが言った。

「彼はいい奴だが」と、 ドーンがジェシカに言った 「飲み込みが悪くてね。」

オーエンスは言った。「ジェシカ!君は自分の言っていることが分かっていない!」

「分かってます。」

「でも、君にはできない。君には到底・・・」

「深呼吸して」と、ドーンが助け舟を出した。

「だまれ!」 オーエンスが彼に怒鳴った。そして、こう言った。「これ以上のナンセンスはないだろ。おれのことを愛してもいないのに、ジェシカ!」。

「私のことは私が判断するの」と、ジェシカは冷静に彼に伝えた。「あなたは私に求婚した、そして、私はそれを守りきるつもり。」

オーエンスはドーンに向き直った。「なあ、いいか・・・」

ドーンは、「この和解劇の演出家としては、今のうちにキスしておいたほうがいいと思うよ」と、言った。

「ああ、だまれ。ジェシカ、君の手紙は僕をまだ愛しているようには見えなかった!」

「返事もくれない、面会も受け付けない人にラブレターを書くのは難しいの。」

「できなかった・・・君に、誤解されると・・・」

「馬鹿だな 」と、ドアンは意見を言った。「でも、こいつなりに良かれと思ってのことだ。」

「わかったよ」と、オーエンスは言った。「君はとても賢いからんだから、牧草地で見つけたものを彼女に説明してくれ。」

「そう言えば」ジェシカが付け加えた。「あなたが納屋の後ろから来るのが見えたわ。何を見つけたの?」

「面白いことは何もありませんよ」と、ドーンは言った。「ただの死体だ。」

「ジョディ・ターンブルだ!」 オーエンスが吐き捨てるように言った。 「おれのナイフで刺されていたんだ!」

ジェシカは見つめた。「あなたの... あの同じナイフで...」

「そうだ。おれがやったとは思わない、とでも言うのか?」

「あなたの言うことを信じる。ブラッド。」

「信じてくれるのは君だけだ!」

「おれもいるよ」と、ドーンが言った。

「ああ、あんたがね!」 オーエンスは言った。「あんたは数に入らない。」

「そんなことはない」 と、ドーンは言った。「この種の問題では、おれの意見が決定的に重要だ。」

「どうするんですか?」 ジェシカが臆病に尋ねた。

「おれと殺人を結びつける証拠を隠そうというんだ」 オーエンスは口をすべらせた。「こいつは狂っている!」

「キツネのようにな」と、ドーンは愛想よく言った。「まあ、見ろよ。簡単な言葉で説明しましょう。君は仮釈放中の身だ。少しでも違法なことに関わっていると疑われたら、仮釈放は取り消される。牢屋はもう飽きたろ?」

「でも、どうせ、おれが疑われるのは時間の問題だ!」

「望むところだ」 と、ドーンは言った。「時間だ。急いで牛舎から牛を出してやれ。おれがやると、牛どもがカーステアに向かってモーモー言って、やつを怖がらせるかもしれない。頭に入れておけ、君は今夜ここにいなかったし、死体、牧草地、ナイフ、そのほか何でもについて、なんにも知らないということだ。君はずっと部屋にいて、おれと一緒だった。カーステアズも。ジェシカもだ。」

「彼女を巻き込むんじゃない・・・」

「もう巻き込まれている」と、ドーンは言った。「彼女自身にアリバイが必要だとは思わないのか?」

オーエンスは大きく息をついた。「いいか、彼女のことをちょっとでも言うな・・・」。

「ああ、行けよ」と、ドーンが言った。

ジェシカは、「ブラッド、彼の言うとおりにして」と、指示した。

「脳みそのある女性だ」と、ドーンが感想を言った。

オーエンスは、苛々とつぶやきながらも、くるっと回転して茂みのそとに飛び出していった。

ジェシカはドーンに一歩近づいた。「もし彼がジョーディと・・・関係ないと言うなら・・」。

「彼の言うとおりだと思う」と、ドーンは言った。「でなけりゃ、こんな風に首を突っ込んだりしない。おれだって、キチガイじゃないんだ。オーエンスがターンブル家を抹殺しようとしていると、誰かが世間のやつらに思わせようとしているんだ。」

「もしかして、ジョーディの父親も・・・」

ドーンは感心したように言った。 「それが分かるなんて、君はかなり賢い。」

「もし、証明してもらえるなら、私、何でもします・・・」

「商売の話はしたくないが」と、ドーンは言う。「現金にしたら?1,000ドルくらいか?」

ジェシカは息を飲みこんだ。「そんな持ってません。父は私に小遣いしかくれないの。」

「おれがお父上をゆすりあげるさ」と、ドーンは言った。「君にも少し手伝ってもらってね。さ、牛がくる前に、ここを出よう。」