V. 殺人者への道

ここは谷の北側の深い森で、猫の腹のなかよりも暗かった。ドーンは低く垂れた枝に顎をぶつけ、後ろによろめき、カーステアズを踏みつけそうになった。カーステアズは唸って警告した。

「夜の森が嫌いなのは、暗いことだ」と、ドーンはあごをさすりながら言った。「ここがどこかわかるか?」

「まあね」と、オーエンは言った。「おれの後についていれば大丈夫だ。」

「オーケー」と、ドーン。 「この辺で止まって、おれたちの来た方を見られる場所はあるかい?」

「ああ、この先のフェイガンズヒルだ。」

「そこから農場が見えるか?」

「ああ、谷全体を見渡せる。」

「他にも、そんな場所はあるか?」

「他の丘は木が生い茂っている。フェイガンズ・ヒルの森は、昔、その横に大きな石切り場を掘ってしまった。今は使われていないが、伐採と浸食のせいで、崖みたいになっている。切り立って、視界を遮る木もない。」

ドーンが言った。「ジョディ・ターンブルの父親を刺したことを覚えていないと言ってたが。」

「覚えてない。」

「そうだよな」 ドーンは言った。 「やったんなら、覚えているよな?」

枯枝を踏みしだき、オーエンスがぐっと近寄って来た。「それはどういう意味だ?」

「つまり、君が彼を刺したことを覚えていないのは、やってないからだと思うのさ。誰かが君のために片をつけたんだ。」

オーエンスの呼吸が喉の奥で荒い音をたてていた。「あんたは、何を・・・」

「落ち着け」と、ドーンは言った。「落ち着けよ。おれは銃を持っているし、カーステアズは君のすぐ後ろにいるし、おれたちはどっちも神経質なんでね。」

オーエンスは、「何を言っているのかわからない」と、言った。

「簡単なことだ。」 ドーンは言った 「君はジョディ・ターンブルを殺していない。彼の親父もだ。 誰がやったか、君が知っているのかどうか、おれは知りたいんだ。」

「知ってたら、刑務所に入ったと思うか?」

「たぶん」と、ドーンは言った。 「たぶん、な。」

「バカ!なぜだ?」

「やった人間を守るためさ。」

オーエンスの影が少し縮んだ。「お前・・・」

「飛びかかるなよ」と、ドーンは警告した。「うまくいきゃしない。おれの質問に答えろ。汚いことをしたのは誰なんだ?」

「知らん!」

「おれは知っている」と、ドーンは言った。「おれの答えが君の気に入るとは思えんがね。」

オーエンスは息を荒らげた。「どんなトリックを考えてるんだ?」

「ボーナスを稼ごうと思うのさ」と、ドーンは彼に言った。「千ドルぽっちだが、おれの鼻の前で可愛く羽ばたいているのさ。むこうを向いて、フェイガンズ・ヒルに連れてってくれ。」

「なぜ?」

「おれがそうしろと言っているからだ」と、ドーンは言った。「それに、兄弟、おれは冗談は言ってない。案内しないと、お前をここに捨てて、自分でその場所を見つけるぞ。」

重苦しい数秒間、オーエンスはそこに突っ立って、前屈みに、ドーンの顔を読もうとしていたが、それ以上何も言わずに振り返り、もつれた暗闇の中を進んでいった。二人は無言のまま、一歩々々登っていった。ドーンは左腕を前に出して、目に見えない枝から顔を守った。その右手にはリボルバーを握っていた。

ついに、オーウェンスが青白い顔で立ち止まり、肩越しに見た。「この先、百五十ヤードくらいだ」と、つぶやいた。

ドーンは後ろ手を伸ばし、カーステアズのスパイク付き首輪を掴んで、前に突き出した。「進め。行くんだ。良く見ろ。」

カーステアズは注意深く頭を左右に振りながら、二人の前を滑るように進んだ。

「やつに続け 」と、ドーンは命じた。「必要以上に音を立てるな。」

オーエンスはゆるゆると道をさぐりながら歩き、ドーンはその後ろにぴったりついた。オーエンスは再び立ち止まった。ドーンは周囲を見回した。カーステアズは首を傾げてじっとしており、鼻を鳴らして夜の空気を確かめていた。

ドーンはため息をついた。「今夜は快調だ。」彼はオーエンスを越して、リボルバーの銃身でカーステアズを軽く突いた。「行け。やつを捕まえろ。焦るなよ。待て。待ってろ、わかったか?」

カーステアズは不機嫌そうにつぶやくと、消えるように静かに影の中に入っていった。それ以上、音は聞こえず、オーエンとドーンは自分たちの呼吸に耳を傾けながら待っていた。その時、男の必死な叫び声がした。

とっさに、ドーンは両手をメガホンにして声を上げた。「逃げるな!銃は出すな!動くな!じっとしてないと、そいつが飛びかかるぞ!」

彼がかき分けながら斜面を進むと、オーエンスがバタバタとその後についた。木々が薄れて下生えばかりになり、やがて狭い空き地が現れた。そこに男が、かばうように両手を上げたまま、地面に座っていた。

カーステアズはその男の正面に伏せ、男の顔から一フィートのところに鼻先を突き出していた。薄暗がりに、白い牙を光らせて、低く気味悪い唸りを立てていた。

「わかった」とドーンは言った。「休め。バカ。」

カーステアズはうなるのをやめ、退屈そうにあくびをした。彼は後ろに下がって座った。

「ゲ!」と、男は声を詰まらせた。「何の前触れもなく、飛びかかってきやがった!」

「やあ、保安官。」 ドーンが言った。

ダーウィンは息を整えた。

「こいつを先に行かせたのさ。」ドーンは言った。「おれたちの足音を聞いて、あんたが見る前に撃つかもしれないと思ったからさ。」

「エ?」と、ダーウィンは言った。「どうして?」

「あんたが良心の呵責に苛まれているんじゃないかと思って。」

「え?」 ダーウィンは繰り返した。「良心?」

ドーンが指摘した。「そのせいでだ。」

谷は前方に長く、シャベルの先のように緩やかな窪みをなして延びており、その側面は木々の影の濃い丘になっていた。モリス大佐の屋敷がはるか眼下に、ミニチュアの高価な人形の家のように、小さな窓々を煌めかせていた。その周囲、前、横、後ろにと、いくつものピン先のような光が小屋や畜舎の間をせわしく動き回っていた。

「あれはあんたのお仲間か?」 ドーンが尋ねた。

「どういう意味だ?」 ダーウィンが聞いた。

「いいか」と、ドーンが言った。「おたがい大人だ。人生ってものを知ってるんだ。ラムゼイみたいな小さなところで、保安官に知られずに、あんな大勢のクズを集められるわけがない。あんたはすべて知っていた。あんたは、やつらを止めたくなかったから、邪魔にならないようにしていたんだ。」

「ふん」ダーウィンはむすっとして言った。「まあ、くそ、俺が思ったのは・・・」

「暴徒がオーエンスを脅して、何か自白させると思ったんだろう。」

「そうかもしれない」と、ダーウィンは言った。「だって、こいつは有罪だ!」

「あんたは馬鹿すぎて、悲惨なほどだ」と、ドーンが言った。

カーステアズが突然立ち上がって唸った。

ドーンは小声で苦く悪態をついた。「いや、間違ってたのはオレだ。馬鹿はおれだ。」

「どうしたんだ?」 オーエンスが聞いた。

「ダーウィンがここに来て、何が起こるのか見るだろうと思ったんだ。まさか、殺人犯まで来るとは思わなかった。」

「何だって?」ダーウィンは言った。「おい!」

「黙れ」と、ドーンは言い、カーステアズを見た。

カーステアズは頭を下げて、空き地の奥の闇を見つめていた。枝の折れる大きな音がした。カーステアズが飛び出る。

ドーンは彼の肋を蹴った。「まて!」

「なぜ止めるんだ?」 オーエンスが囁いた。

「これは違う」と、ドーンは言った。「やつはおれたちを先に見た。」カーステアズが銃弾を浴びるのはごめんだ。「そこのお前!こっちに来い!誰だか分かってるんだ!」

ドーンはオーエンスを突いた。「君とダーウィンは左に行け。全力で走れ!ひとめぐりしてここの崖に戻れ!」

そして、彼はカーステアズを膝でついた。「来い!」カーステアズは空き地を駆け抜け、右側の茂みに飛び込んだ。

漆黒の中でドーンはカーステアズの姿を探した。ドーンは手さぐりに、カーステアズのスパイク付きの首輪をつかんだ。カーステアズが突進し、ドーンは引きずられながら、苦々しくモノトーンに罵った。

「何か音を立てろ」と、ドーンは命令した。「ウーフ!」

カーステアズが野生の咆哮を上げる。その音は遠く響き渡った。ドーンが深い溝に落ちた。カーステアズはそのまま彼を引きずって、反対側に飛び乗って行った。カーステアズはまた咆えたが、ふと止めた。ドーンはカーステアズの上に倒れ込み、慌てて立ち直った。彼は耳をすませた。

「近くにいるのはわかってるんだ。」

笛のように細く、息を吸い込む音がした。カーステアズが飛び出そうとしたが、ドーンが尻尾を掴み、踵を地面に踏みこんで、引きずり戻した。

「だめ、落ち着け、脳なし! ケツにいくつも穴が開いたら、お前を可愛がれないだろ!」。

ドーンが首輪を握り直し、彼らは妙な縦列を作って進んでいった。ドーンは木々にはね返され、何も見えないままに、茂みをかき分けて行った。

「ダーウィン!」 ドーンは叫んだ。「オーエンス!」

「ここだ!」

「ここだ!」

「こっちは一回りまわり終えた!」

カーステアズは迷って立ち止まり、一方向に向かったと思うと、また方向を変えた。

「どっちに行くんだ」と、ドーンは喘いだ。

カーステアズが速度を落とし、ドーンは首輪を引きながら息をはずませた。すると、暗闇が少し薄くれていき、下草が下り斜面をなしているのが見えた。

「ああ」と、ドーンは言った。「これだ。」彼はカーステアの鼻面を叩いた。「下がれ!下がってろ!」

カーステアズは憤慨してうなり声を上げたが、ドーンの足の後ろについた。ドーンはポリス・ポジティブを構え、ゆっくり前に出た。

地面が急に下り坂になり、突然目の前が開け、黒い空っぽの谷が見渡せた。前方の崖っぷちに人影が暗く、不安定に揺れていた。

ドーンは、「第一幕の関係者じゃないか」と、言った。

「誰?」 ダーウィンが言った。「誰だ・・・」

谷間からのかすかな柔らかい風が穂先を揺らし、崖っぷちの人物に触れた。

オーエンスは呆然とし、信じられないというように、「なぜだ」と、言った。「なぜ、ノーマ・カーソンが。」

彼女が振り向いて、眼鏡が一瞬光ったが、また崖を向いて身を固くした。

「おい!」 ドーンが叫んだ。

崖の上に姿はなく、彼の叫びに応じるように、ぞっとする悲鳴がした。それが細く消えていき、そこに、岩の転がるゴロゴロとした音が続いた。

ダーウィンは崖に向かって走り出し、両手両膝で這って行った。

「あぁ」と、彼は気味悪げに言った。「あの尖った岩の上に落ちたな。ねじれて、潰れて・・・」

彼は立ち上がると、空き地を走って戻り、丘を下る滑らかな斜面に向かった。

「ノーマ!」 オーエンスが言った。「お、おれには理解できない。」

「彼女がターンブルの親父と ジョディを殺したんだ。」

「殺した?」 オーエンスはただ呆然と繰り返した。 「彼女がやったなんて・・・。」

「おれも、理解するのにちょっとばかり時間がかかった」と、ドーンは認めた。

「でも、なぜ?」

「そうだな、彼女が君を見る目や、君のことを話すときの目に気づいたことはないか?」

「え?」 オーエンスは言った

「彼女は君を愛していたんだよ。鈍いな。ターンブルの親父がレンチで君を殴るのを誰も見ていないと思っていただろうが、実はノーマが見ていたんだ。彼女は君が殺されたと思って、完全に自制心をなくした。恐らくヒステリーを起こして、正気を失った。ターンブル親父にはアイデアがあった。やつは君を殴ったことで怯えていた。だから彼女に圧力をかけた。君の方がが先に殴ってきたと、彼女に言わせようとした。」

「それで、あいつのおしまいさ。君のナイフは多分ポケットから落ちたか・・・あるいは、彼女が君の死んでいる具合を確かようとして見つけたんだろう。彼女はナイフをターンブルに渡した・・・やつの背中にね。」

オーエンスはつばを飲んだ。「でも、おれが逮捕されたときには・・・」

「ここから先の話をすると、ノーマをあまり好きになれないかもしれんが」と、ドーンは言った。「君が刑務所に入れば、君は彼女のものにならないが、ジェシカのものにもならない、そう思ったんだろう。」

「あぁ・・・」と、 オーエンス。

「ノーマは、君が自由になった時に、君をすくい上げるつもりだったんだろう。彼女は、ジェシカが君への愛を貫くとは、夢にも思っていなかった。特に、グレトレックスとの婚約って、ちょっとした噂をでっちあげて、君に新聞を送って教えた後はね。」

ダーウィン保安官の声が、下からかすかに聞こえてきた。「ドーン! オーエンス!彼女は...彼女は死んだ。ああ、神よ!」

「医者か救急車か霊柩車か何か呼んでこい」と、ドアンは命じた。

「でも、ジョディは」と、 オーエンスが言った。

「ジョディは性悪だった」と、ドーンは言った。「ジョディは親父と同じで間抜けだった。やつは意地悪で馬鹿だったから死んだんだ。ノーマが学校に行かせてくれないので怒っていた。たぶん、みんながそのことで、やつをからかったんだろうな。ノーマに付きまとって、工場の跡地なんかで迫ってきた。彼女をただただ追い回した。彼女は、君とジェシカがよりを戻すか知るために、来なけりゃならなかった。どうしてもね。昨夜、彼女は屋敷の周りをコソコソしていたんだが、ジョディが後をつけていた。そこをノーマに見つかっちまった。やつが言いつけるかもしれなかった。」

「ナイフはどうなった?」オーエンスはまだ混乱していた。

「裁判で使われた後は、裁判所の引き出しの中にいずれ展示にでもするために保管されてたろう。学校の先生が裁判所にいても誰も疑わないし、まさかナイフを盗むとは思わなかっただろう。」

ドーンはポケットからナイフを取り出して開き、上着のすそで刃と柄を拭いた。そしてそれを崖の上から投げ捨てた。

オーエンスは大きく息を吸った。「あの、おれには全体・・・理解するのが難しい。」 彼はしばらくためらった。「あんたは、実際のところ、かなり利口な探偵だ!」

「中でも最高なのさ」と、ドーン。「最初にそう言っただろう。急いでジェシカのところに戻るんだな。」

「そうだな・・・」 オーエンスは言った。「ありがとう。」

彼は帰っていった。

「セシルに言って、おれたちのステーキを用意させてくれ!」と、ドーンが呼びかけた。「それから、おい! 例の千ドルを忘れないでくれ!」

オーエンスは気にせず走っていった。

「愛だとさ」ドーンはカーステアズにうなずきながら言った。

カーステアズはゆっくりと考えごとにふけりながら、骨付き肉をしゃぶっていた。

ドアンはうなずいた。「うん、ステーキも上出来だ」。