非人小屋(善七囲)図¶
国立国会図書館デジタルコレクション に普請奉行所地割役による天保四年(1833)写し 浅草溜絵図 がある。新吉原裏の非人小屋(以下、 善七囲 )図と、 男溜図 が載っている。 善七囲 図が当時の非人たちの暮らしの一端を示しているので、下に示す。ただし、 元の図中文字はなぐり書きに近いので、読み取りには誤りがあるかもしれない。

図2 天保四年(1833)頃の新吉原裏手の善七囲の図。当時の非人頭は車千代松。特に注記してない大小さまざまな小屋はいずれも「小屋頭」と読める。それぞれが「小屋頭」と配下の非人によって占められていたと考えられる。 女溜(女の病囚収容施設)囲いを中に配置する。
女溜(女病囚獄)は寛政元年(1789)に改築してから、明治初めに溜(男病囚用)及び焚出場予定地と一緒に東京府に移管されるまで、大きな建て替えの記録は見られない [Arai77] 。寛政元年建替え時の女溜囲いの図は、図2中のものと同じである。
明治八年になって、女溜のある土地の所有者という者(嶌田新八)が現れて、女溜を返すか買上げるかしてくれと、東京府に対して訴えた [1] 。荒井論文のなかに、当時の記録にあった善七私有地、女溜を含む略図がある。しかし、細部に単純な誤記があるうえ、寸法記載、図縮尺もいい加減で説明用見取図以上のものではない。

図3 明治八年東京府懲役場文書 [Arai77] にある見取図(赤線)を図2に重ねた。女溜囲い部分の外寸だけ合わせた。二つの私有地は幅三尺の境界で隔てられている。地券では女溜囲いは千束村三十壱番地の63坪である。見取り図では30番地、66坪、しかも一辺が9間半の正方形になっていて、数字が合わない。しかし、地券の63坪は天保4年地割役の写しとほぼ合致している。そのため、この図では女溜囲い部分の外寸を合わせて、比較した。
その見取図の女溜囲い部分の寸法を合わせて図2に重ねると、図3のようになる。見取図のいいかげんな寸法を考慮すれば、両者に大きな矛盾はなく、いつかの時点で善七囲の南西側が切り取られたように見える。
女溜を改築したときに善七囲の隣接地に幕府から新たに土地を与えられたという記事を見かけるが、[Arai77] に採録されている文書や図2を見るかぎり、女溜改築は元からの善七囲内のこととしか思えない。
女溜をめぐる混乱のもとは、慶応年中からたびたび、隣接する農家が勝手に境杭を動かすということがあり、双方からたびたび寺社奉行に訴訟があったところにある [2] 。善七囲の土地について、善七側は元鳥越からの替地として寛文七年に幕府からもらったものと主張しているが、周辺農家側には善七居宅部以外は私有地との認識がなかったのではないか。古い地図を見ると、新吉原裏の「乞食村」「非人小屋」の土地の範囲、形がたびたび変わっている。新吉原火事の影響を受けたりで、そのときどきの小屋の件数や専有する場所も適当に変わったため、境界がはっきりしていなかったのかもしれない。
明治二〜三年には浅草溜は事実上なくなったかのように言われることがあるが、 [Arai77] にある東京府懲役場側の説明(明治七年に囚獄掛から移管されたとき、病囚の収容先に困っていたのでそのまま使ったとある)を読む限り、明治八年頃までは病囚収容に使われていたようである。
明治十年、浅草溜跡地に官営の屠場が建設された。しかし、田圃の中という不便な立地もあって採算がとれず、後に民間に払いさげられた [3] 。
なお、女溜への「乱心者」収容については、[Itahara98] に詳しい。
2021年10月06日
[1] | 浅草溜他は明治二年に東京府に移されたが、翌年刑部省に移された。しかし、女溜に関する訴えの出る前の明治六年には東京府に戻され、懲役場の管轄となった。さらに、八年末には懲役場事務は警視庁主管となった。(昭和43年版 犯罪白書 第三編/第二章/二)女溜の所有権をめぐる議論はこの混乱期のなかのことである。 |
[2] | 訴訟を扱ったのが寺社奉行となっているのも門外漢には興味深い。 |
[3] | 竹内良一、 東京屠場雑考(一)、綜合獸醫學雑誌、1944年 1 巻 2 号 95-103 . なお、この千束の屠場は、荷風が「里の今昔」でふれている日本堤直下、山谷側の「屠牛場」とは別のものである。東京屠場雑考はシリーズで(五)まであるが、「里の今昔」の屠牛場がどこのことなのかは確認できなかった。 |
[Arai77] | (1, 2, 3, 4) 荒井貢次郎、「浅草千束村・女溜地所一件」(明治八年・東京府懲役場)の一考察 - 未完・資料編 -1-、東洋法学20巻2号, 1977-03, pp. 35-65. |
[Itahara98] | 板原和子、桑原治雄、江戸時代後期における精神障害者の処遇(1)、社会問題研究, 1998, 48(1), 41-59. |